歌舞伎の音楽の中でもとりわけ重要なのが、舞台下手の黒御簾(くろみす)の中で演奏される音楽です。これを黒御簾音楽とも下座(げざ)音楽ともいい、純歌舞伎はもとより、義太夫狂言でも、ほとんど全ての演目に使われます。また長唄舞踊や常磐津や清元などの浄瑠璃所作事でも、黒御簾の演奏が入ることがあり、これを蔭囃子(かげばやし)といいます。演奏は唄と三味線と鳴物で構成され、まれに箏や胡弓、尺八が入る場合は三曲の専門家が加わります。黒御簾音楽の曲目は八百とも千とも言われるほど多く、演奏方法も多種多様です。しかも長唄や浄瑠璃と違って定まったテキストがなく、歌舞伎の数少ない職分のみに伝えられてきたという点で、日本音楽の中でも特異な位置にあります。その中には中世から近世に流行した歌謡や俚謡(りよう)、俗謡(ぞくよう)などで、記録にはあるが元の曲はすでに廃絶し、黒御簾音楽にしか残っていない曲も少なからずあります。(浅原恒男)
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歌舞伎座の黒御簾内部