それを手にする人の心を狂わせる妖しい力を秘めた刀を妖刀と呼ぶ。人を傷つけるお宝なのである。『籠釣瓶花街酔醒』では恨みを抱いた主人公が手にすると、刀に魅入られたように多くの人を手に掛ける。刀を手にすると人が変わるということは、手にした人間に罪はないというイメージがあり、派手な殺し場が魅力ある場面として受け入れられやすいとも言える。伊勢の名工村正(むらまさ)の刀は妖刀として芝居に描かれることが多い。実際、江戸幕府はこれを忌み嫌ったとか。徳川家康の祖父や父、そして長男信康が斬られた刀が村正であったことが原因だったという。
小項目として挙げていないが、新歌舞伎のなかにも、刀を巡る物語があり、『ぢいさんばあさん』の主人公は借金をしてまで求めた刀で悲劇を起こす。落語から歌舞伎化された『怪異談牡丹燈籠(かいだんぼたんどうろう)』も備前物の名刀が長い因果話の発端になっている。(前川文子)
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『籠釣瓶花街酔醒』佐野次郎左衛門(中村吉右衛門) 平成28年2月歌舞伎座