こぎつねまる 小狐丸

平安初期に実在した小鍛冶宗近(こかじむねちか)が一条天皇の命を受けて打ったとされる太刀(たち)。作刀にあたって、よい相槌を打てる弟子がおらずに困って稲荷明神に祈ると、気高い童子が現れて相槌を打って完成したという。童子は稲荷明神の化身であったとするのが能の『小鍛冶』で、文楽や歌舞伎の『小鍛冶』も同様。公家の九条家で秘蔵されていたとされるが、現在は所在不明。別に宗近が作った「三日月宗近(みかづきむねちか)」という太刀が東京国立博物館に現存している。(前川文子)

【写真】
『小鍛冶』[左から]童子後に稲荷明神(市川猿之助)、三条小鍛冶宗近(市村竹之丞)、勅使道成(澤村田之助) 昭和45年9月歌舞伎座