ほうじょうひでじ 北條秀司

戯曲の力を信じて大衆と向き合った気骨の劇作家

1902(明治35)年11月7日 ~ 1996(平成8)年5月19日

【略歴 プロフィール】
北條秀司は1902(明治35)年11月7日大阪に生まれ、本名は飯野秀二(いいのひでじ)といいます。幼少時から御霊(ごりょう)の文楽座や、道頓堀の浪花座、中座で歌舞伎などの芝居に親しみ、また少年期には宝塚歌劇に夢中になります。文学修業の資金を貯めるため電力会社に就職し、関西大学の夜間の文学部で学びながら文学仲間と同人を作り、しだいに劇作への興味を深めていきました。1926(大正15)年末、転勤を希望して上京し、間もなく設立された箱根登山鉄道株式会社に勤務します。その傍ら、劇作家岡本綺堂(おかもときどう)の門をたたき、綺堂主宰の雑誌「舞䑓(ぶたい)」などに寄稿しはじめます。北條という筆名は、師である岡本綺堂が当時の勤務先小田原にゆかりの北條氏からとってつけてくれたと自著の『わが歳月』に書いています。1937(昭和12)年『表彰式前後(ひょうしょうしきぜんご)』が新国劇で上演され、以後次々と戯曲が上演されるようになりました。歌舞伎作品としては『狐と笛吹き(きつねとふえふき)』を1952(昭和27)年7月歌舞伎座に書き下ろしたのを手始めに『井伊大老(いいたいろう)』『仇ゆめ(あだゆめ)』など30作品余りが上演されています。新派はじめ新国劇、商業演劇、舞踊、ミュージカル、レビューと、その活動範囲は例をみないほど広く、歌舞伎以外の代表作には新国劇で上演した『王将(おうしょう)』、新派の『女将(おかみ)』『太夫さん(こったいさん)』『佃の渡し(つくだのわたし)』『京舞(きょうまい)』などがあります。その作品の多くを自ら演出し、細部にまで目を光らせ妥協しなかったところから“北條天皇”と畏怖され敬愛されました。戦後は日本演劇協会の設立とともに役員、のちに会長となり、国際演劇協会日本センター会長をも勤めました。1996(平成8)年5月19日、93歳で亡くなっています。

【作風と逸話】
作品には、時局や世相に翻弄されながらも本質を貫こうとする人間を見据えた骨太の精神が描かれています。これは戦前、不穏な情勢のなかでの会社勤めや、記者として従軍した経験が大きく影響していると思われます。それを万人に通用する平易な言葉と豊かな抒情性でまとめ上げ、商業演劇として提供していきました。初演だけでも200作品を超え、再演も含めると作品の上演回数は膨大な数に上るだけでなく、内容も社会問題や世相を描いたものから、俗に<北條源氏>と呼ばれる源氏物語などの華麗な王朝もの、花街を描いたものなど非常に広範囲にわたっているのが特徴です。1939(昭和14)年、新国劇のために橘外男の小説を脚色した『ナリン殿下』を発表しますが、「小説はあくまで小説家の書いたものであり、脚色家は小説家の書いたものを芝居に仕立てて観客に伝達する媒介業にすぎない」として二度と人の作品の脚色には手を染めまいと自戒し、その決意を終生貫き、以後オリジナル作品を発表し続けました。

学生時代から文芸活動に親しみ、宝塚歌劇に『コロンブスの遠征』という脚本を筆名室町銀之助で応募し1921(大正9)年7月宝塚大劇場で上演された、と自序年譜には記しています。劇作に対する態度は厳しいものでしたが、反面、上演する際の座組や出演する俳優の人数やしどころを考慮に入れて脚本を書くなど、大きな劇場での上演を前提にした心配りも欠かさなかったそうです。また、自作が上演されるたびごとにプログラム、手直しの入った台本はじめ、各誌にでた劇評や、関係者からの書簡などを丁寧にはりこんだスクラップブックを自らひとつひとつ作成していましたが、これは本人の生前の意向で松竹大谷図書館に寄贈され保存されています。著作も多く『わが歳月』や全6巻に及ぶ『演劇太平記』などは自叙伝としてばかりでなく、当時の劇界や社会情勢も伺うことができる資料となっています。(飯塚美砂)

【代表的な歌舞伎作品】
狐と笛吹き(きつねとふえふき) 1952(昭和27)年7月
浮舟(うきふね) 1953(昭和28)年7月
井伊大老(いいたいろう) 1956(昭和31)年3月 ※1953(昭和28)年9月新国劇で初演
末摘花(すえつむはな) 1955(昭和30)年11月
好色一代男(こうしょくいちだいおとこ) 1957(昭和32)年3月
狐狸狐狸ばなし(こりこりばなし)1961(昭和36)年2月
仇ゆめ(あだゆめ) 1966(昭和41)年6月
建礼門院(けんれいもんいん) 1969(昭和44)年4月
大老(たいろう)1970(昭和45)年11月
北條政子(ほうじょうまさこ) 1972(昭和47)年4月
春日局(かすがのつぼね) 1974(昭和49)年5月
花魁草(おいらんそう) 1981(昭和56)年2月

【舞台写真】
『井伊大老』[左から]お静の方(中村魁春)、井伊直弼(中村吉右衛門) 平成18年4月歌舞伎座