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芝居に見る判官びいき

江戸時代の前半、1645(正保2)年に出版された『毛吹草(けふきぐさ)』には「世や花に 判官贔屓 春の風」という句が収められていますが、これがこの言葉の用例では早いもののようです。
1737(元文2)年に初演された文耕堂・三好松洛作の『御所桜堀川夜討(ごしょざくらほりかわようち)』は、頼朝に遣わされた土佐坊が義経のいる堀川御所へ夜討を仕掛けた史実を踏まえ、その裏に隠された真実を描いた浄瑠璃です。その三段目侍従太郎(じじゅうのたろう)館の段では、「それはそれは賑やかな秋でござりますげな。これと申すも義経様が、京にござなさるる故じやと申すを聞けば、弓も引きかた判官様贔屓」と登場人物の一人おわさが語っています。
これは実際に作中の人々が義経その人を贔屓しているという例ですが、現代の私たち同様、弱い者の味方をするという意味で「判官びいき」を使った例もあります。近松門左衛門最後の世話浄瑠璃で、1722(享保7)年初演の『心中宵庚申(しんじゅうよいごうしん)』は、姑との折り合いが悪くついに家を出ねばならなかったお千代とその夫八百屋半兵衛の夫婦の心中を描いた作品です。下の巻八百屋内の段で、半兵衛はお千代を離縁しようとする母に向かい、「八百屋半兵衛が母が嫁を憎んで姑去りにしたと沙汰有つては。萬々千代めが悪いになされませ。判官贔屓の世の中お前の名ほか出ませぬ」、つまり、母がお千代を離縁すれば、弱い者の味方をしがちな世間は、母のことを悪く言うであろう――だから、夫の自分が離縁をする、と申し出てなだめます。
『心中宵庚申』はのちに改作されて上演されていきますが、そこでは姑は近松の原作以上に憎々しい登場人物として描かれています。これも、よりお千代の哀れさを強調し、観客の判官びいきに訴えた結果と言えるかもしれません。(日置貴之)

【写真】
『御所桜堀川夜討』[左から]しのぶ母おわさ(中村雀右衛門)、腰元しのぶ(中村米吉) 平成29年6月歌舞伎座
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