みがわりもの 身替わり物

神仏などが身替わりとなって人を救ってくれるという伝説、例えば斬られたはずの人物が助かってその代わり地蔵尊の胴体に大きな刀傷が付いていたなどの逸話は古く中世から伝わっていますが、近世には人が人の身替わりになる物語が人気がありました。歌舞伎にも多くの身替わり物が生まれています。今日でも上演されるものに『菅原伝授手習鑑』の「寺子屋」、『一谷嫩軍記』の「熊谷陣屋」などがありますが、いずれも主君のためわが子を身替わりとしています。現代人には理解しにくいところがありますが、この時代は「親子は一世、夫婦は二世、主従は三世」が規範で、「一世」とは現世のみの縁、「二世」は現世と来世まで続く縁、「三世」は前世、現世、来世、すなわち主従の関係は先祖代々、子々孫々までのもっとも強い絆とされていました。しかし、せりふの上では主従が大切とされていますが、演技の中では親子の別れの言葉にはならない悲しさが切々と訴えられています。(金田栄一)

【写真】
『御所桜堀川夜討』弁慶上使 武蔵坊弁慶(中村吉右衛門) 平成29年6月歌舞伎座