むらさきのぼうし 紫の帽子

女方が額のところに小さな紫色の布をつけていることがあります。これを「紫の帽子」と呼びます(日常生活でイメージする帽子とは、ずいぶん異なります)。これにはちょっとした逸話があります。昔のかつらは、今よりも単純なつくりだったので、額の生え際の見栄えがよくなかったようです。その難点を隠すためにやむを得ず布をつけていました。
今のかつらは技術も高まってきたため生え際もきれいに作ることができます。ですので、そうした布はもう必要ないのですが、古い時代のお芝居ですよ!というサインとして様式的に残しているのです。
紫の帽子の色はその名の通り紫色ですが、老けた役である『菅原伝授手習鑑』の戸浪はお納戸色(おなんどいろ)っぽい地味な紫、『壇浦兜軍記』の阿古屋のように華やぎのある役では、やや赤みの強い派手な紫といった具合に、役に合わせて色味を微妙に変えています。
ちなみに、襲名公演などの「口上(こうじょう)」のときには、女方は先ほど説明したものよりも、もう少し大きめの紫色の布をつけます。これにも由来があって、歌舞伎の黎明期に男優が女を演じる際に、頭に手拭いをのせて月代(さかやき)を隠すと色気が漂うことを発見したことが源と言われています。これは「口上の帽子」と呼ばれています。(田村民子)

【写真】
『菅原伝授手習鑑』源蔵女房戸浪(中村福助) 平成25年5月歌舞伎座