おうぎ

扇(扇子)は歌舞伎では大事な小道具で、出番も多い。噺家が扇子一本でさまざまな表現をするように、扇子はあおぐためだけでなく、これひとつで刀や盃など多くのものを表現する。舞踊で使われるのは舞扇(まいおうぎ)と呼ばれる。『藤娘』には、扇を一折開いた形で逆さに持ち、銚子に見立てて酒を注ぐしぐさがあり、時代物の武士の「語り」では刀や槍になり、盃にもなる。『一谷嫩軍記』熊谷陣屋の場では、熊谷直実が藤の方に戦(いくさ)の様子を語り聞かせる「物語」で、軍扇を使って軍勢が押し寄せる様などさまざまなものを表現する。
『勧進帳』の弁慶や四天王が持っているのは、中啓(ちゅうけい)という扇の一種で、上端が少し広がっている。本来儀式の場面などで使われるもので、松羽目物や時代物に多く登場する。『菅原伝授手習鑑』道明寺の場で菅丞相が最後に花道を入る際にサッと広げるのは、檜扇(ひおうぎ)と呼ばれる貴族の持ち物。薄い木の板を何枚も重ねて扇状にしている。これが扇が紙で作られるようになる以前の、扇本来の古いかたちである。
狂言舞踊の『素襖落』には、太郎冠者が姫御寮に那須与一の物語を踊りながら語る場面があり、蝙蝠の絵が描かれた扇が使われる。この蝙蝠の絵は慣習として太郎冠者を演じる俳優が自筆で描くそうだ。(橋本弘毅)

【写真】
軍扇を使って藤の方に戦の様子を物語る熊谷
『一谷嫩軍記』熊谷陣屋 熊谷次郎直実(中村吉右衛門) 平成25年4月歌舞伎座