たばこときせる 煙草と煙管

16世紀の大航海時代に新大陸から世界中に広まった煙草は、江戸時代になると、身分や男女の別を問わず、盛んに吸われるようになった。当時は、煙管に刻み煙草を詰め、火をつけて吸われていた。現在ではあまり見られなくなった煙管や莨入れ、喫煙道具をひとまとめにした煙草盆は歌舞伎では重要な小道具で、大名から傾城、大盗賊や男伊達、武士や町人、雲助などまで、身分や性格によって豪華なものから質素なものまで、実にさまざまな喫煙具があり、役柄によって持ち方や吸い方を細かく変えている。また、煙管で煙草盆の灰吹きを叩いてポーンと音を立てるのをきっかけに次の台詞が始まることも多い。
『弁天娘女男白浪』の弁天小僧菊之助は、浜松屋の店先で正体が発覚した後、「知らざあ言って聞かせやしょう」で始まる有名な長台詞がある。長煙管と煙草盆を使いながら見せるしぐさは何とも粋で、いかにも不良少年という演技だ。『楼門五三桐』の石川五右衛門はかなり大きな銀煙管を持っているが、これも天下に轟く大泥棒というイメージにはぴったりだ。
煙管が大事な役割を果たすのが、吸い付けたばこである。遊女がちょっと吸って、火をつけた煙管を客の男性に渡すのは、遊女から客へのサービスで、『助六』では主人公の助六が遊女たちから大量に煙管を渡されて、一本ももらえない意休と好対照になっている。
ちなみに、室町時代にはまだ煙草は広まっていないので、室町時代に発展した能や狂言には煙草を吸う場面はない。しかし、歌舞伎では王朝物の大伴黒主でも源平合戦の平知盛でも、平気で煙草を吸うのが面白い。(橋本弘毅)

【写真】
煙管を巧みに使いながら名乗りをあげる弁天小僧
『青砥稿花紅彩画』弁天小僧菊之助(尾上菊五郎) 平成20年5月歌舞伎座