観劇+(プラス)
執筆者 /
鈴木多美
引窓(ひきまど)とはここに注目
八幡の里は、昔は竹薮が茂る鬱蒼とした土地。屋内は日中でも薄暗いので、天井に引窓を付ける家が多かった。引窓とは縄を取り付けて自由に開閉できる天窓のことで、土地の風物。舞台では二階座敷から外を眺めている濡髪の姿が庭先の手水鉢の水に映る。これに十次兵衛が気付くが、お早が機転を利かせて引窓を閉める。「引窓」の開け閉めと月の光が、このお芝居に詩情あふれる中秋の風情を与えている。
老母が主役
歌舞伎では、老女が重要な役まわりを演じることが少なくない。中でも『盛綱陣屋』の微妙(みみょう)、『輝虎配膳』の越路(こしじ)、『菅原伝授手習鑑』道明寺の覚寿を「三婆」という。この三役はすべて時代物で、位の高い老女。一方、この「引窓」は世話狂言で、お幸は在所でつましく暮らす庶民の老母。その彼女が、前夫との間にもうけた実子と、再婚した夫の連れ子と間にはさまれて、人の世の義理と情愛に迷い、嘆き、煩悶する。主役四人がすべて善人で、真摯に生きようとする、心打たれる一幕。
放生会(ほうじょうえ)と石清水八幡宮
旧暦8月15日の中秋の名月の日に、京都の石清水八幡宮では「放生会(ほうじょうえ)」が催される(現在は毎年9月15日)。釈迦の教えに「不殺生戒(ふせっしょうかい)」という戒律があり、人間は生きるために、生き物を殺すので、せめて放生会の日には、捕まえた鳥や魚などを放して罪をつぐなった。「引窓」では南方十次兵衛が「放生会」の日に、捕まえた濡髪を放すのである。