積恋雪関扉 ツモルコイユキノセキノト

観劇+(プラス)

執筆者 / 前川文子

天明歌舞伎舞踊の代表作

1784(天明4)年「関扉」が初演される前の数年は、江戸は大地震に続く飢饉があるなど大変な時代でしたが、天明期の歌舞伎は、それまでの集大成として、ゆったりとスケールの大きい様式を完成させたといわれます。この作品は、その時代の歌舞伎を伝える代表作。大らかで幻想的な味わいが特色。初演の関兵衛は、一代で座頭(ざがしら)俳優となった初代中村仲蔵です。仲蔵が遺した舞踊劇はほかに「双面(ふたおもて)」「戻駕(もどりかご)」などがあります。

逢坂山の関

平安時代から都の東の要衝にあった関所です。山城の国と近江の国の国境、今の大津市あたりにあったと言われますが、江戸時代の道路工事のため場所は定かではありません。『百人一首』に、二首「逢坂の関」を詠んだ歌がおさめられていることでも親しまれています。

歌舞伎の振付けここに注目

かぶき踊りから発展した歌舞伎は、踊りを大事なパートとして発展してきました。歌舞伎の踊りには、抽象的な振りはあまりありません。浄瑠璃や長唄の歌詞に合わせて、何かの意味を表わすパントマイムのような動きを豊かに発展させています。歌詞をよく聞くと、振りの楽しさが倍増します。「関の扉」の、洒落っ気の利いた振付の楽しさは無類です。

生野暮薄鈍、情なし苦なし(きやぼうすどん、じょうなしくなし)

振付のなかには遊び心も隠れています。関兵衛が小町姫を相手に、「生野暮薄鈍(きやぼうすどん)、情なし苦なしを見るように」という歌詞で踊る場面があります。生野暮~とは、無粋でのろまで人情もないというような意味です。ここで、それぞれ木(き)、矢(や)、棒(ぼ)、臼(うすを挽く)、鈍(戸をどんと叩く)、情(錠)などをジェスチャアで見せる洒落づくしで表現します。

小町姫

小町は金銀色糸縫いの緋綸子の振袖に吹輪の髪という「赤姫」のこしらえで、金糸の化粧蓑をかけ、市女笠を手に持ち、紫のふくさを添えた銀杖をついて花道から登場します。雪の山路を歩くには似つかわしくない格好が、いかにも天明ぶりのおおどかさで、王朝時代の伝説の美女、小野小町を江戸の見立ての美学で造型したイメージの飛躍が見事です。

ぶっかえりここに注目

歌舞伎では、実は誰それと本性をあらわにする場面(見あらわし)で、着物衣裳の上半身の部分をぱっと脱いで、下に着ている衣裳に変わります。これをぶっかえりと呼びます。上に着ている衣裳の肩の部分を縫い付けたしかけの糸を引き抜くあざやかな早わざで、お芝居が大いに盛り上がります。「関の扉」では、関兵衛という愛嬌あふれる関守が、黒々とした公家の衣裳に替わり、髪型も大きく変わり、恐ろしい天下の謀反人に大変身します。傾城墨染も衣裳がぶっかえり、髪型も変わって、桜の精の本性をあらわします。あっという間に夢の世界に飛躍する瞬間です。

桜の枝

桜の精が関兵衛との立ち廻りで、桜の花枝を折り取って武器にします。桜の古木には、幹の低いところに小さな花枝がつくことがあります。作者はそのような景色から、着想したのではないかと思えます。ところで、背景の桜木は大道具が作りますが、花枝は役者が使うので小道具係が担当します。同じ桜でも、背景になるものは大道具、俳優が手にする部分は小道具が作るのがおおよその決まりになっています。