一面の雪に閉ざされた逢坂山(おうさかやま)の関はなぜか桜が満開。しかも樹齢三百年にあまる桜の花は薄墨色。先帝の忠臣と、怪しい関守の男が関を守っていると、美しい小町姫が通りかかる。そのあと、傾城に姿を変えた桜の精も姿を見せる。四人が繰り広げるのは、王朝の政争を背景にした幻想的な恋と謀反の争いだった。妖しくも美しい常磐津舞踊劇の大曲。
都から東へ向かう道筋にある逢坂山の関で、関守(せきもり)の関兵衛が柴を束ねています。辺り一面の雪景色の中で、桜の大樹が満開の花を咲かせています。先帝が愛した桜で、先帝崩御を悲しむ余り薄墨色に咲いたのを、小野小町姫の歌の徳によって盛りの色を増したので、今は小町桜と名前が変わっています。先帝の忠臣だった良峯少将宗貞は、政変に巻き込まれて今は逢坂の関のかたわらで、わびしく暮らしていました。
偶然にも宗貞の恋人の小野小町姫が三井寺に参詣しようとやってきて、宗貞が奏でる琴の音色に惹かれて関の扉に歩み寄ります。応対に出た関兵衛は、一人旅の美女を怪しみあれこれ難題をふっかけます。宗貞が顔を見れば、なんと恋人の小町姫とわかり、二人は思いがけない逢瀬に感涙を流します。三人がそれぞれの思いを胸に踊るうちに、関兵衛のふところから「勘合の印」と鏡山の文字が書かれた「割符」の片割れが落ちました。
宗貞と小町姫がふたりきりになったところへ、一羽の鷹が片袖をくわえて飛んできました。袖には「二子乗舟」の血文字が書かれています。この血文字は中国の故事にたとえて、政変のあった都から宗貞の弟安貞が自らの死を兄に知らせるためのものでした。宗貞と小町姫は悲しみにくれます。
ところが、片袖を庭石の上に置くと、にわかに鶏の声。石の下から「八声の鏡」と呼ばれる、鶏の姿が描かれた鏡が出てきました。それが大伴家の重宝であることから、二人は関兵衛が実は謀反人の大伴黒主なのではないかと疑い始めます。宮中で紛失の「勘合の印」や「割符」の件も証拠です。片袖を琴の裏へ隠すと、宗貞は小野篁に関のできごとを知らせ、さらに都の様子をさぐるために、ひそかに小町姫を都へ返します。
さて、夜の庭で関兵衛が、雪見酒ですっかり酔っぱらっています。大盃に映った夜空の星を占うと、今宵桜を伐りたおし護摩木にして焚けば、大願成就との吉相が出たので、一人にんまり。実は関兵衛こそ、天下を狙う大伴黒主だったのです。桜を伐るため大まさかりを研いで試しに琴を切ると、ふところにあった「勘合の印」が突然、桜の梢に飛びさりました。関兵衛が桜を伐ろうとすると、なぜか体がしびれて気を失ってしまいます。
するとあたりが少し暗くなり、桜の黒々とした太い幹のなかに美しい女の姿が見え隠れします。凄艶な美しさをたたえた女は、幹を抜け出すと関兵衛の目の前に現れます。目を覚ました関兵衛に、女は都の撞木町(しゅもくまち)から来た傾城の墨染(すみぞめ)で、関兵衛にあこがれてきたといい、色(恋人)になってくれと言うのです。見知らぬ女の突然の告白に不審を抱きながらも、関兵衛はまず廓の恋の指南を頼みます。
墨染は、関兵衛を相手に華やかな廓での恋のやり取りを手ほどきし、関兵衛も傾城の恋人になったつもりで、痴話げんかのまねごとまで始めます。ところが、墨染は関兵衛のふところにあった「二子乗舟」の血文字の片袖を見ると顔を曇らせました。妖しい女の心底をいぶかる関兵衛。一方、戯れるふりをしながらも、しだいしだいに墨染の顔が険しくなっていきます。
墨染は、実は小町桜の精でした。歳月を経た桜の精は人間の姿になって都の傾城となり、宗貞の弟安貞と愛の契りを交わしていたのでした。安貞の死には、大伴黒主が関係していました。墨染は安貞の仇を討とうとして関兵衛に近づいたのです。片袖を手に詰め寄る墨染に、関兵衛は関守の衣服を脱ぎ捨て、髪を逆立てて黒主の正体をあらわしました。墨染も、桜の花枝を手に桜の精の本性をあらわし、両者は激しく争うのでした。
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