六歌仙容彩 ロッカセンスガタノイロドリ

作品の概要

演目名 六歌仙容彩
作者 作詞=松本幸二、作曲=十世杵屋六左衛門(大薩摩・長唄)/初世清元斎兵衛(清元)
初演 天保2(1831)年3月 江戸・中村座
概要 平安期の和歌の名人として知られる「六歌仙(僧正遍照・文屋康秀・在原業平・喜撰法師・大伴黒主・小野小町)」を題材とした五変化の舞踊で、今日では「遍照」は長唄・竹本、「文屋」は清元、「業平」は長唄、「喜撰」は清元・長唄、「黒主」は長唄で上演される。「文屋」「喜撰」は独立して上演されることも多い。

五人の男たちがそれぞれ美女として名高い小町に言い寄るが、結局誰の恋も実らないというストーリーとなっている。ただし「喜撰」は世話の場面なので小町は登場せず、茶汲み女のお梶を小町と見立てている。

年輩の高僧(遍照)、軽妙さをもった公家(文屋)、絶世の美男子(業平)、洒脱な僧(喜撰)、国崩しの大悪人(黒主)を踊り分けるため、かなりの難曲とされる。全曲上演する場合でも、曲ごとに踊り手が変わることも多い。

●ページ公開日 平成26年4月20日
過去の
公演データ
関連用語

歌舞伎十八番 カブキオハコ

語源には複数の説があるが、それぞれが相互に関係している。 歌舞伎で七代目市川團十郎が、初代團十郎・二代目團十郎・四代目團十郎がそれぞれ得意としていた荒事の演目18種を選んでこれを「歌舞伎十八番」といった。ここから、 得意とする芸という意味で広く用いられるようになった。 阿弥陀如来が仏になる修行をしている時に立てられた48種類の誓い(弥陀の48願)の十八番目が「念仏をする人達を必ず救済する」というものであり、これが他の諸仏の立 てられた誓いより突出している(すべての生けとし生けるものすべてを救う)ことから、十八番が得意なものの代名詞となった。 武士の嗜む武芸の種類(刀、弓、組みなど)などの種類が全部で18種類(武芸十八般)から来ている。この場合は「とっておきのひとつ」ではなく、18種類全てに優れた「多才」 の意味も含まれる。 江戸時代、高価な書画や茶器などを丁重に箱に入れて、「真作である」ことを示す鑑定者の署名である「箱書き」を添えた。ここから、「本物の芸であると認定された」という意 味で、「おはこ」と言うようになった。 なお、十八番と書いて「おはこ」と読ませた初出は、柳亭種彦が文化12年(1815年)から天保2年(1831年)にかけて書いた『正本製』(しょうほんじたて)。また七代目團十郎 が歌舞伎十八番を初めて公表したのは天保3年(1832年)のことで、この頃から広まった流行表現だったことが分かる。

語源には複数の説があるが、それぞれが相互に関係している。 歌舞伎で七代目市川團十郎が、初代團十郎・二代目團十郎・四代目團十郎がそれぞれ得意としていた荒事の演目18種を選んでこれを「歌舞伎十八番」といった。ここから、 得意とする芸という意味で広く用いられるようになった。 阿弥陀如来が仏になる修行をしている時に立てられた48種類の誓い(弥陀の48願)の十八番目が「念仏をする人達を必ず救済する」というものであり、これが他の諸仏の立 てられた誓いより突出している(すべての生けとし生けるものすべてを救う)ことから、十八番が得意なものの代名詞となった。 武士の嗜む武芸の種類(刀、弓、組みなど)などの種類が全部で18種類(武芸十八般)から来ている。この場合は「とっておきのひとつ」ではなく、18種類全てに優れた「多才」 の意味も含まれる。 江戸時代、高価な書画や茶器などを丁重に箱に入れて、「真作である」ことを示す鑑定者の署名である「箱書き」を添えた。ここから、「本物の芸であると認定された」という意 味で、「おはこ」と言うようになった。 なお、十八番と書いて「おはこ」と読ませた初出は、柳亭種彦が文化12年(1815年)から天保2年(1831年)にかけて書いた『正本製』(しょうほんじたて)。また七代目團十郎 が歌舞伎十八番を初めて公表したのは天保3年(1832年)のことで、この頃から広まった流行表現だったことが分かる。

語源には複数の説があるが、それぞれが相互に関係している。 歌舞伎で七代目市川團十郎が、初代團十郎・二代目團十郎・四代目團十郎がそれぞれ得意としていた荒事の演目18種を選んでこれを「歌舞伎十八番」といった。ここから、 得意とする芸という意味で広く用いられるようになった。 阿弥陀如来が仏になる修行をしている時に立てられた48種類の誓い(弥陀の48願)の十八番目が「念仏をする人達を必ず救済する」というものであり、これが他の諸仏の立 てられた誓いより突出している(すべての生けとし生けるものすべてを救う)ことから、十八番が得意なものの代名詞となった。 武士の嗜む武芸の種類(刀、弓、組みなど)などの種類が全部で18種類(武芸十八般)から来ている。この場合は「とっておきのひとつ」ではなく、18種類全てに優れた「多才」 の意味も含まれる。 江戸時代、高価な書画や茶器などを丁重に箱に入れて、「真作である」ことを示す鑑定者の署名である「箱書き」を添えた。ここから、「本物の芸であると認定された」という意 味で、「おはこ」と言うようになった。 なお、十八番と書いて「おはこ」と読ませた初出は、柳亭種彦が文化12年(1815年)から天保2年(1831年)にかけて書いた『正本製』(しょうほんじたて)。また七代目團十郎 が歌舞伎十八番を初めて公表したのは天保3年(1832年)のことで、この頃から広まった流行表現だったことが分かる。