相撲取りには向かないと部屋を破門され、無一文で空腹のままフラフラと江戸に向かう青年が取手宿にさしかかる。見かねた安孫子屋のお蔦が、櫛・かんざしから有り金まで恵んでやった。やがて幾歳月が流れ、いまや渡世人となった男が宿場町に戻ってきてみると………。
常陸の国(茨城県)取手宿の街道筋では、土地の嫌われ者の船戸の弥八が暴れている。そこへ通り掛かった取的(とりてき)の駒形茂兵衛は頭突きをくらわして弥八を追い払った。宿の二階からニヤニヤ見ていた酌婦のお蔦が茂兵衛を呼び止める。茂兵衛は巡業先で親方から追い出され、一文無しで空きっ腹だと打ち明ける。お蔦に問われるまま、茂兵衛は母親の墓前で横綱の土俵入りを見せたいという夢を語る。故郷の母を思い出しほろりとなったお蔦は、財布と櫛かんざしをすべて茂兵衛に恵んで励ます。感激した茂兵衛は「きっと横綱に出世します」と約束する。お蔦が口ずさんだ「おわら節」の歌が茂兵衛の心に残る。
茂兵衛はお蔦のおかげで腹を満たした。江戸へ戻るため、船を待っていると子守の少女と出会い、子守の背負っている赤ん坊がお蔦の産んだ子だと知った。そこへ弥八が仲間を引き連れ仕返しに来たが、元気を出した茂兵衛は難なく追い払ってしまう。
利根川を挟んで取手の向こう岸、下総(千葉県)の布施の川べり。相撲取りの夢を諦め、今は博徒になった茂兵衛の姿があった。土地の船頭たちが船の手入れをしている。茂兵衛は、船頭たちにお蔦の消息を尋ねたが、安孫子屋は既になく、誰も分らない。そこで、茂兵衛は土地のやくざからイカサマ博打の男と間違われる。茂兵衛らが立ち去った後、細工したサイコロを捨てて逃げ去る男がいた。この男、実はお蔦の夫船印彫(だしぼり)師の辰三郎である。
その頃のお蔦は娘のお君と夫の帰りを待って暮らしていたが、イカサマをした辰三郎を探しにきた土地の親分波一里儀十に脅される。儀十が戻った隙に、辰三郎が現われた。辰三郎は夫を待つお蔦の噂を聞き、戻って来たのだ。夫婦は金をすべて置いて、お蔦の故郷へ逃げる決心をする。そこへお君が無邪気に歌うおわら節にひかれて、茂兵衛がたどり着く。茂兵衛はお蔦に昔の礼を言うが、お蔦は博徒になった茂兵衛が誰だか思い出せない。だが襲いかかってきた儀十の手下を相撲の手でやっつける茂兵衛を見て、お蔦は「思い出した」と叫ぶ。十年前の出会いをやっと思い出したのだ。
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