兄・頼朝の疑いから逃げ延びる義経主従といえば『勧進帳』の安宅の関が有名ですが、この狂言は大物浦が舞台。題名は『船弁慶』でも主役は静御前と平知盛の霊。義経、弁慶はいわば脇役。恋慕う義経と別れる静の哀しみ、一族と自分を滅ぼした義経に霊となってまで怨念を晴らそうとする知盛。御大将を必死に守る弁慶。美しく、豪快な舞踊劇の名作。
松羽目物の檜舞台に長唄囃子連中が居並んでいます。
ここは西国海路の要港、摂津国尼崎の大物浦。下手御幕から山伏姿の弁慶が登場します。逃避行を続ける義経一行の先乗りで着き、都落ちの事情を語ると、やがて花道から主従が出てきます。義経に従うのは亀井六郎、片岡八郎、伊勢三郎、駿河次郎、曲は物悲しく荘重な味わい。弁慶は、一行に従ってきた静御前を都へ帰すよう、義経に進言します。人目を忍ぶ旅なのだから愛妾を伴うのは世間に憚るという理由。義経は弁慶の意見を受け入れて、静を都へ帰す決意をします。
静御前が弁慶に伴われて御幕から登場します。能仕立ての優雅な衣裳、能面のような化粧、手には能に用いる扇の一種中啓(ちゅうけい)を持っています。義経に求められて、別れに舞を見せます。舞い描くのは四季の京都の名所を綴る歌詞に乗った「都名所」。静、最高の見せ場です。「春の曙白々と」、「花も青葉の夏木立」、「糺(ただす)の森に秋立ちて」、「野辺の錦も冬枯れて」。
悲しい舞の最後に恋しい人からの烏帽子が落ちてしまい、思わず形見にと抱き締めて返そうとしますが、義経はそのまま与えるのです。
次に舟長が出て、一行に乗船を勧めます。別れの時です。静は名残りを惜しみ、憂いの思いで宿に向かう花道を引っ込んで行きます。
いよいよ後ジテ、知盛の怨霊の「出」です。早笛、太鼓で花道から登場します。「抑(そもそも)これは桓武(かんむ)天皇九代の後胤、平知盛、幽霊なり」と名乗ります。壇ノ浦で入水して果てた知盛の霊なのです。
長刀を小脇に抱えて髪を振り乱し、凄まじい形相。荒れ狂う海の中から浮かび出て、平家を亡ぼした義経に襲い掛かる場面です。名乗りの後は義経に近付き、おそろしい怨霊の動きになります。しかし義経は少しも騒がず刀を手に渡り合い、弁慶は数珠を激しく揉んで必死に祈ります。やがて知盛の霊は花道へ押し戻され、幕外の引っ込みになり、次第に遠く去っていく幕切れとなります。その時、長刀を水車のように回して揚幕に入る場面。最後のクライマックスとなるのです。
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