祇園祭礼信仰記〜金閣寺 ギオンサイレイシンコウキ〜キンカクジ

観劇+(プラス)

執筆者 / 小宮暁子

才智

秀吉が信長に見いだされるきっかけは、寒中信長の草履を懐に入れて温めた機転という巷説がある。本作で東吉が才智を示すのが大膳に目見得の碁の勝負。負けた大膳が井戸へ投げ込んだ碁笥とは、碁石を入れる器のこと。井戸に落とした碁笥を、瀧の水を樋(とい)で引き込んで井戸の水位を上げ、手も濡らさず取り上げてみせる場面は東吉随一の見せ場。碁盤を逆さまにし、取り上げた碁笥を受ける東吉の立姿は、水際立った爽やかな役者振り。

悪の華国崩しここに注目

足利義輝の母慶寿院を幽閉し、金閣寺に居を構える松永大膳。悪人の中でも抜きんでてスケールの大きな<国崩(くにくず)し>という役柄。悪役=赤っ面が芝居のご定法のなかで、白塗りに、王子と呼ばれるざんばら髪で、金襴の小忌衣(おみごろも)を着る大形さ。小忌衣は貴人の部屋着。旧主を亡ぼしたばかりか、雪姫を捉えて「色よい返事聞くまでは、蒲団の上の極楽責め」など言いたい放題。

三姫

歌舞伎に登場する数多の姫君のなかでベストスリーに選ばれる雪姫。『本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)』の八重垣姫、『鎌倉三代記(かまくらさんだいき)』の時姫と並ぶ大役で、合わせて<三姫>と呼ぶ。赤姫(あかひめ)と総称される赤い着付の二人の姫と違って、雪姫の振袖は淡紅色(ときいろ)。かつらは丸髱(まるたぼ)の吹輪。花や蝶の銀の花櫛が定番で豪華。大膳のセリフ「あの縛られた姿を見よ。雨を帯びたる海棠桃李(かいどうとうり)」のごとく嫋嫋(じょうじょう)とした美しさ。その姫が縛られたまま爪先を使って絵を描くのだから目を見張る倒錯美で、雪姫究極の見せ場。また花道を入る所で宝剣を抜いて髪の乱れを直すのも、型になっている見せどころ。

人形振りの型ここに注目

爪先鼠の件りだけ、雪姫が人形振りで演じる型もある。目を動かさず、手足をぎくしゃくと動かし、人間が人形の動きを模すのが人形振りで、精神の昂ぶった状態をあらわす。縛られて手が不自由な上、人形身で演じるのは至難の技。先年亡くなった四世中村雀右衛門(なかむらじゃくえもん)が時に演じた。人形振りの役は他に『櫓のお七』のお七、『日高川』の清姫などがある。

絵師の血筋

雪姫は、室町時代に活躍した水墨画家雪舟の孫の設定。雪舟は子供の頃、あずけられた寺で、絵ばかり描いて勉学をしないため、師僧に柱に縛られてしまった。しかし縛られたまま、こぼした涙で爪先を使って描いた鼠が動くかのように見事だったという言伝えがある。その故事を取りこみ、縛られているのを小坊主から美しい女性に、涙を桜にかえたのが、浄瑠璃の凄いところ。

セリ

この浄瑠璃が初演された江戸時代も、金閣寺は人々の憧れ。壮麗な三重の楼閣がセリ上がったり下がったりする当時の大道具の仕掛けが評判を呼び、初演の豊竹座では三年越しロングランしたという。東吉が救出のため立木を登ると楼閣がセリ下がって、高殿(たかどの)の慶寿院と対面。話が進むと、またセリ上がって高殿は見えなくなる。東吉が木に登るのは、猿面冠者(さるめんかじゃ)と称された秀吉の故事を作者が洒落たと思われる。