毛抜 ケヌキ

お家騒動のさなかに登場した色好みの名探偵の推理が冴える。

名家小野家では宝の短冊が盗まれ、お姫さまは原因不明の病気。しかし、姫の婚約者の家臣粂寺弾正が小野家のかげで悪だくみがなされていることを見抜き、難事件をみごとに解決!そのきっかけは、なんと<毛抜>。退屈しのぎに毛抜で髭を抜いていた弾正が見つけたものとは?大らかで楽しい歌舞伎十八番の一つ。

あらすじ

執筆者 / 寺田詩麻

小野家の災難

名高い歌人小野小町の子孫にあたる小野春道の館。小姓の秦秀太郎(はたひでたろう)と兄の家老秦民部(みんぶ)と、同じく家老の八剣玄蕃(やつるぎげんば)とその子八剣数馬(かずま)が争っている。民部が、小野家の重宝「ことわりやの短冊」を紛失した責任を取って切腹しないでいるからである。館の主人小野春道と子息春風は、「民部が死んでも短冊が出てくるわけではない」と止める。不穏な空気の中、文屋豊秀(ぶんやのとよひで)からの使者が来たと知らせがある。

【左】[左から]八剣数馬(中村萬太郎)、秦秀太郎(坂東巳之助) 平成21年10月歌舞伎座
【中央】[左から]秦秀太郎(坂東巳之助)、家老秦民部(坂東秀調)、小野春風(中村松江)、小野左衛門春道(大谷友右衛門) 平成26年5月歌舞伎座
【右】家老八剣玄蕃(市川團蔵) 平成17年4月歌舞伎座
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お使者登場

文屋家からのお使者として、家老の粂寺弾正がさっそうと登場する。文屋豊秀は小野家の姫錦の前と婚約したが、姫が病気になったと知らせがあったまま、話が進まない。そのため弾正は、どうなっているのか確かめるよう主君に言いつかって来たのである。玄蕃が「姫のご病気では縁談は無理」と帰らせようとするので、弾正は、姫に直接お目にかかりたいと言う。姿を見せた錦の前は薄衣をかぶっていた。玄蕃が薄衣を取ると、姫の黒髪が怪しく逆立つ。弾正はびっくりして言葉も出ない。しかし、お守りを縫い込んだ薄衣をかぶっていれば病気は起こらないという。弾正は、ともかく春道公にお会いしてお話をしたいと申し込み、待つことにする。

[左から]家老八剣玄蕃(市川團蔵)、小野左衛門息女錦の前(市川男寅)、粂寺弾正(市川左團次) 平成26年5月歌舞伎座
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口説きの失敗、踊る毛抜

一人弾正が待っているところへ、もてなしの煙草盆を持って来た秀太郎があまりに美少年なので、弾正は「馬術の稽古をしてやる」と手を取り、戯れに背に乗ろうとするが、するりと逃げられてしまう。退屈した弾正が毛抜を出して自分のひげを抜きはじめた。次に美女の腰元巻絹が姫の点てた茶を持って来ると、やはり弾正は「そなたのお茶がたべたい」と言い寄って、みごとに振られる。何げなく床の上に置いた毛抜が勝手に立って動き、押さえても止まらない。「ここは化け物屋敷か」と驚く弾正。また弾正は、煙草を吸おうとするが、銀の煙管はちっとも動かず、ためしに出した小柄(こづか=刀に付属する小刀)と毛抜は動くことに気づく。小柄も毛抜も鉄でできている…。

【左】[左から]秦秀太郎(中村勘太郎)、粂寺弾正(市川團十郎) 平成17年4月歌舞伎座
【中央】[左から]粂寺弾正(坂東三津五郎)、腰元巻絹(中村魁春) 平成21年10月歌舞伎座
【右】粂寺弾正(市川團十郎) 平成17年4月歌舞伎座
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小原万兵衛の訴え

そこへ男が押しかけてくる。男は百姓の小原万兵衛(おはらのまんべえ)と名のり、小野家へ腰元奉公していた妹の小磯を殺されたと言う。万兵衛は「死んだ妹を返せ」と無理を言うのだが、玄蕃はその訴えをあおるような態度。聞いていた弾正はさらさらと手紙を書き、「妹を返してやろう」と言って渡す。それは閻魔大王宛に「万兵衛の妹を返してほしい」と頼む内容だった。弾正は「閻魔大王に会ったら私は元気だと伝えてくれ、早く地獄へ行け」と言い放って万兵衛を斬り殺してしまった。非難する玄蕃に向かい弾正は、「本物の万兵衛は文屋家の領地にいる、妹が何者かに殺され、春風からの手紙と預かっていた大切な品物を奪い取られたという訴えを聞いてきたところだ」と謎を明かす。弾正が偽の万兵衛のふところを探ると、さがしていた「ことわりや」の短冊が出てくる。これで、小磯を殺し手紙と短冊を奪った犯人は、偽の万兵衛だということがはっきりする。

[左から]百姓万兵衛実は石原瀬平(片岡市蔵)、粂寺弾正(市川團十郎) 平成17年4月歌舞伎座
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謎解き

館の主人春道春風と錦の前があらわれ、春道は弾正に、短冊を取りもどしてくれた礼を言う。弾正が錦の前のかぶり物を取ると、またしても病が起こる。「変わった髪飾りをさしていますな」と聞く弾正に、錦の前は「宮廷ではやっているというので、作ってもらった銀の髪飾りなの」と答える。しかし弾正がそれを抜くと、髪の毛は逆立つのを止め病は治ってしまう。姫の病の原因は髪飾りだった。弾正は「病の根を絶ってみせる」と力をこめて槍を持ち、天井を突く。と、大きな磁石を持った忍びの者が落ちてくる。驚く館の人々に弾正は、実は鉄でできていた髪飾りがこの磁石に吸い寄せられて髪が逆立っていたのだと明かす。彼は鉄の毛抜が立ったことから推理して、このからくりを見抜いたのだった。

[左から]家老秦民部(河原崎権十郎)、小野左衛門息女錦の前(坂東亀寿)、粂寺弾正(市川團十郎)、小野左衛門春道(大谷友右衛門)、小野春風(市川高麗蔵)、家老八剣玄蕃(市川團蔵) 平成17年4月歌舞伎座
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悪者の成敗、弾正の帰還

弾正が忍びの者に、誰に頼まれたのか言えと詰め寄ると、玄蕃は忍びの者を斬り殺してしまう。「拷問にかかれば何を言うかわからないから殺した」と苦しい言い訳をする玄蕃に、弾正は「短冊は出る、姫のご病気は治る、家は丸く収まってあなたは無事」と皮肉を言う。春道は小野家の大事な刀を婚約成立の引出物として渡すよう玄蕃に預ける。渡そうとした玄蕃を弾正は「御祝儀に」と一刀のもとに斬る。小野家の宝を奪い、縁談を邪魔した黒幕を成敗した弾正は、これで役目がすんだと安心しながら観客に一礼し、意気ようようと文屋家へ戻っていく。

[左から]粂寺弾正(坂東三津五郎) 平成21年10月歌舞伎座
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