毛抜 ケヌキ

観劇+(プラス)

執筆者 / 寺田詩麻

先祖にちなむ衣裳

主人公弾正の衣裳や持つ刀には、市川家の紋「三升(みます)」がいろいろなところにあしらわれている。萌葱色の裃(かみしも)を着て出るのは、江戸中期の名優のひとり五代目市川團十郎の工夫を踏襲したものとされ、明治になって本作を復活した二代目市川左團次は萌黄と黒の碁盤模様の裃を付けた。十一代目團十郎以降の成田屋系は、七代目團十郎の錦絵を参考に、黒地に寿の字海老(寿の字にかたどった海老)模様の裃を付ける。

荒事プラスα

弾正は、毛抜が踊るのを見て驚く場面では刀や扇子、煙管を使って五つの変わった見得の形を見せる。天井裏にひそむ忍びの者を槍で突く前には「ヤットコトッチャウントコナ」と掛け声を掛け、豪快な元禄見得をして気合いを入れるなど随所に荒事の演出が見えるが、隈取はしていない。花道の引っ込みでは引出物の刀を持ち、六方を踏む様子を少し披露したあとは、落ち着いた足取りでゆっくり引っこみ、単純な荒事ではない色合いとなっている。

知と情をそなえた主人公ここに注目

この作品の主人公、粂寺弾正は、他の典型的な荒事の作品で活躍する人物とすこし違って、子どもの姿はしていない。また、男にも女にも戯れかかる色好みなところはあるが、断られればすっぱりとあきらめる。なにより、超人的な力で大暴れして事件を解決するのではなく、小原万兵衛のためにしゃれた手紙を書き、自分のひげを抜いていた毛抜が勝手に動くことから推理を広げて、磁石に気づく知性がある。さまざまな問題を捌(さば)いてゆく「捌き役」であり、柔らかみと誠実さを兼ねそなえた「和実(わじつ)」の役柄でもあることに、粂寺弾正のおもしろさがある。

『鳴神』とのつながり

『雷神不動北山桜』の四幕目が『鳴神』である。『鳴神』に登場する雲絶間姫は、実は『毛抜』で名前だけが登場する粂寺弾正の主人、文屋豊秀と恋仲で、『毛抜』で奇病となる錦の前とは恋敵の関係である。また、錦の前がかぶる薄衣に縫い込まれているのは、『鳴神』の主人公鳴神上人が祈祷したお守りである。「ことわりや」の短冊は、雨乞いの効力があるお宝で、鳴神が起こした干ばつのために必要になったということになっている。

磁石の秘密ここに注目

磁石を用いたトリックについて、郡司正勝は『金銀ねぢぶくさ』という本に見える山本勘助の話をもととするのではないかと指摘している(日本古典文学大系『歌舞伎十八番集』)。最後に弾正の槍に刺された忍びの者が持って落ちてくるが、磁石の塊、U字型のもの、羅針盤型のものと三つの型がある。鉄だけを吸い寄せる磁石の不思議な力に驚いた、昔の人々の「科学する心」が作り出したトリックとして興味深い。