「天保六花撰」と謳われたアウトローたちの生き様を描く世話物の傑作。江戸城で大名や家臣たちにお茶を出すお数寄屋坊主の河内山は、立場を利用してのゆすりたかりがお手のものだが、人助けのために臆することなく大名屋敷に乗り込み、鮮やかにだまし、切ってみせる大啖呵も見もの聴きもの。ところ変わって入谷のひなびたそば屋に顔を見せるのが、お尋ね者の直次郎。恋人の三千歳(みちとせ)に逢って江戸を離れる心づもりだが、三千歳はいっしょに連れていくか、それが叶わぬなら殺してという。哀切極まる清元節に乗せて描かれる色模様。
河内山宗俊は江戸城で茶の接待役をするお数寄屋坊主ですが、将軍様を笠に着て何かと良からぬことを企てるという、とかくいわく付きの人物。その河内山が質店の上州屋にやって来ますと、店は何やら取り込みの様子。聞けば店の娘が腰元奉公に出ている大名家で殿様の妾になれと強要され、閉じ込められてしまったとか。何とか救い出したいが、相手が大名ではとても叶わぬと打ち明けられます。これを聞いた河内山は手付にまず百両、首尾よく救い出せばさらに百両、都合二百両という破格の大金で娘の救出を請け負います。
松江出雲守の屋敷、腰元の浪路はすでに殿の手討ちに遭う覚悟を決めています。そこへやってきたのは、法衣をまとい東叡山(=上野寛永寺)の使僧になりすました河内山。浪路の一件が老中まで聞こえるとお家の興廃にもかかわるぞ、とやんわり脅します。家中は大騒ぎとなり、首尾よく娘を帰参させた河内山ですが、帰り際の玄関先で重役の北村大膳にお数寄屋坊主の河内山と見破られてしまいます。証拠は高頬のほくろ。しかしそこで慌てる河内山ではありません。直参である自分が喋れば、松江出雲守のスキャンダルが将軍様にも伝わるが、それでもいいのかと啖呵を切ります。家臣たちはやむなく河内山をあくまで寛永寺の使僧として送り出すほかありませんでした。どう転んでもこちらの勝ち、にやりと笑う河内山は「馬鹿め!」と喝破して、意気揚々と引き上げます。
雪の降りしきる寂しい夜更け、人影もない入谷にやってきたのはお尋ね者となっている片岡直次郎。見つけたそば屋に駆け込み熱いそばと酒で暖を取りますが、続いて入ってきたのは顔見知りの按摩の丈賀。その話から恋しい花魁の三千歳がわずらって、近くにある抱え主大口屋の寮(別荘)で療治をし、丈賀が毎晩のように通っていると知れます。直次郎は三千歳への手紙をしたため、丈賀に託します。直次郎は今夜にも逢いに行くつもりです。しかし偶然出会った仲間の暗闇の丑松は、自分の罪と引き換えに直次郎を訴人しようと駆けてゆきます。
雪の中、直次郎が人目を忍んで大口寮の庭の戸口に立ちました。裸足に下駄の直次郎の肩に雪がこぼれかかります。丈賀に渡した手紙が届いていれば戸の錠が開いているはず。やがて思い通り招き入れられたところへ、待ち焦がれた三千歳が姿を見せました。三千歳の病も直次郎が訪ねてきてくれぬが故の恋の病です。数々の悪事が露見してお尋ね者となった直次郎は遠くへ身を隠すためこれが今生の別れと決めていますが、三千歳はいっそのことお前の手で殺してくれとせがみます。もはや未来のない恋人たちの耳に、隣座敷から清元節の哀切な音が聞こえてきます。そこへ大勢の捕手が現れました。直次郎は垣根を乗り越え、「もうこの世では逢わねえぞ」と三千歳に言い残して雪の中を逃げて行きます。
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