陰陽師安倍晴明の出生の秘話を描く。平安の御代、晴明の父保名(やすな)は、婚約者を殺され心を病むが、婚約者にそっくりな妹の葛の葉姫に出逢って立ち直り、将来を誓った。あるとき追われる白ギツネを見かけて助けたのだが、悪人に痛めつけられてしまう。そこへ現れた葛の葉に介抱され、二人はそのまま夫婦になり六年がたった。二人にはかわいい男の子にも恵まれていたのだが…。
安倍保名の女房葛の葉は、とんぼを捕まえて遊びから帰ってきた幼ない童子に、「虫けらを殺してはいけない」とたしなめる。その家に信太の里から庄司夫婦が娘の葛の葉姫を伴い訪ねてきた。姫と保名は許嫁の間柄。庄司が外から家の中を覗くと、なんと娘と瓜二つの女が機を織っている。そこへ保名が帰宅して「はや葛の葉に逢われたか」というので、驚いた庄司は二人の葛の葉が居ると告げる。「これはどういうことだ」、保名は庄司親子を外の物置に隠して一人で家の中に入る。
奥の間では、着替えをした葛の葉が眠っている童子にそっと語りかけた。「われは誠は人間ならず。六年前に悪右衛門に狩出され危うく死ぬところを保名に助けられた狐である」と。その恩に報いるため葛の葉姫の姿になり傷ついた保名の介抱をしている内いつしか夫婦になり童子という子まで設け、今日まで暮らしてきたが、本当の葛の葉姫が現れた以上、この家に居ることは出来ないと、そっと身を引く心を決め、童子の寝顔を見つめている。人間以上に夫婦親子の情愛を大切にするといわれる狐の身だ。「離れ難や、愛おしや」と葛の葉は子別れの辛さに泣き崩れた。
「恋しくばたずねきてみよ いずみなる信田の森の うらみ葛の葉」
葛の葉は障子に一首の歌を書き遺してこの家を去ろうとする。右手で「恋」と書き「しくば」は「はくし」と逆順に書く。「たずね」と裏文字で書いたところへ、童子が起きてきたので、あやしながら「来てみよいずみなる」と書く。童子がすがりつくので、筆を左手に持ち「信太(田)の森の」と裏文字で書き、右の手で「うらみ」と書いたところで再び童子が泣くので抱きしめ「葛の葉」と筆を口で咥えて書く。不思議な筆の運びは、人間ではないキツネのわざゆえである。
歌舞伎では二つのやり方が伝わっている。「乱菊の道行」は原作の「道行しのだの二人妻」の前半を歌舞伎舞踊にした作。故郷の信太の森へ戻る葛の葉の道中を綴った舞踊で、葛の葉は塗笠に杖を持ちスッポンから現れ「添うに添われぬ」身を嘆き,童子に思いを馳せながら水に我が姿を映して悲しみにくれる。
もうひとつの「さし駕籠」は紅葉の盛りの信太の社が舞台で、葛の葉姫に横恋慕している悪右衛門が、葛の葉が乗っている駕籠を襲ったところ、葛の葉姫の家来の与勘平と狐の化けた野干平の二人の奴が現れ、悪右衛門を懲らしめた末に駕籠の上に乗せて差し上げる。原作の「二人奴」の段を歌舞伎化し、歌舞伎らしい絵画美を見せる一幕で、関西ではここに様々な趣向を取り入れて上演された。
葛の葉が宙乗りを見せたり、狐火に見せるたくさんの古風な瑠璃灯(るりとう、蝋燭を模した灯り)を背景に釣ることもある。
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