壇浦兜軍記~阿古屋 ダンノウラカブトグンキ~アコヤ

いくら責められても、阿古屋(あこや)は恋しい夫景清の行方を告げない。豪華絢爛、満艦飾に着飾った花魁が、夫の行方を思いながら一心不乱に奏でる三曲の音色。

白洲に引かれても、少しもたじろがず琴、三味線、胡弓を奏でる阿古屋(あこや)だが、その心のうちは微妙に揺れる。それを察しながら尋問にあたる畠山重忠(はたけやましげただ)との華麗な心理戦。

あらすじ

執筆者 / 飯塚美砂

失踪した恋人の居場所を言え

源氏は平家の残党、剛勇で知られた悪七兵衛景清の行方を追っている。禁裏守護の代官に任じられた秩父庄司畠山重忠は、堀川御所で、景清の愛人でその子供を身籠っている五條坂の遊君阿古屋を呼び出だし今まさに取り調べようとしているところである。

[左から]秩父庄司重忠(尾上菊之助)、岩永左衛門致連(坂東亀三郎) 平成27年10月歌舞伎座
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水責めなど怖くない

捕手たちに囲まれて姿を見せた阿古屋は、豪華な打掛を羽織り、髪を飾り装いを凝らした遊女の正装である。縄もかけられてはいないその姿に、詮議の助役、岩永左衛門(いわながさえもん)は、生ぬるいと不服顔。阿古屋を拷問にかけて白状させると手ぐすねひくが、重忠はそれを押しとどめ、義理と情を売り物にする遊君がそう簡単に問いただして答えるものでもあるまいが、ここは景清のありかを白状した方がよかろうと諭す。阿古屋はその言葉に心がほだされるが、知らないものは白状のしようがないと突っぱねる。

遊君阿古屋(坂東玉三郎) 平成27年10月歌舞伎座
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三種の楽器が責め道具

やむなく重忠は、責め道具を持ち出すように命じる。だが、運び込まれたのは岩永が云うような水責めの道具などではなく琴、三味線、胡弓である。

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はじめは琴責め

重忠は阿古屋にここで琴を演奏することを命じる。重忠の言うままに、琴を弾き唄う阿古屋。
「影(かげ)というも月の縁(えん)、清(きよし)というも月の縁、影清(かげきよ)き名のみにて うつせど袖にやどらず」
と、蕗組の唱歌の歌詞を景清と自分の身に例え、景清の行方はあくまでも知らぬとうたう。

[左から]遊君阿古屋(坂東玉三郎)、秩父庄司重忠(中村吉右衛門) 平成19年9月歌舞伎座
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二人の恋の馴れ初めを問いただす

重忠は、なおも景清との馴れ初めを語れと促す。景清は清水寺の観音様を深く信仰し、毎日参詣していた。その行き帰りに必ず通るのが、阿古屋がいる五條坂だった。「…互いに顔を見知り合い、いつ近づきになるともなく、羽織の袖のほころびちょっと、時雨のからかさ、お安い御用、雪のあしたの煙草の火、寒いにせめてお茶一服」ふとした出会いから深いなじみになっていったありさまを、豪奢な衣裳を揺らせて阿古屋は語る。
しかし、「あじな恋路とたのしみしに寿永の秋の風立ちて、須磨や明石のうら舟に、漕ぎ放れ行く縁の切れ目…」景清が源平合戦に出陣してからは音沙汰もないという。

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次は三味線で

重忠は続いて三味線を弾くよう命じる。
「翠帳紅閨に枕ならべる床のうち、なれし衾(ふすま)の夜すがらも、…さるにてもわが夫(つま)の、秋より先に必ずと、仇(あだ)し詞(ことば)の人心(ひとごころ)…」
三味線を弾きながらうたったのは、帝の寵愛を失った中国の官女の故事に由来する謡曲『班女』の歌詞。「秋が来る前にかならず会おうと言ったのに…」阿古屋が顧みられぬわが身をうたう。

遊君阿古屋(坂東玉三郎) 平成27年10月歌舞伎座
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ただ一言で別れたまま

重忠は都に潜入した景清に逢っているだろうと問いかける。だが、阿古屋は平家全盛の時でさえ人目をはばかっていたのに、景清がお尋ね者となった今となっては「目顔を忍ぶ格子先、編笠越しにまめにあったか、あい、お前もご無事に、とたったひと口」となげき、景清が自分の勤める店の格子先を通ったのが最後、言葉もろくに交わしていないとうなだれる。

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最後は胡弓を弾け

重忠は、今度は胡弓を弾くように命じる。
「吉野龍田の花紅葉、更科、越路の月雪も 夢と冷めてはあともなし」
阿古屋は景清との恋の終わりをうたう。心を澄ませ耳を傾けた重忠は詮議をやめさせる。なぜ止めると不服顔の岩永に、阿古屋の奏でる音色に曇りがなく、景清の行方を知らないという言葉に偽りはない、女の心を見る拷問は終わりだと重忠は言い、阿古屋をいたわるように部下の榛沢に命じるのであった。

【左】遊君阿古屋(坂東玉三郎) 平成27年10月歌舞伎座
【右】[左から]遊君阿古屋(坂東玉三郎)、秩父庄司重忠(中村梅玉)、岩永左衛門致連(中村勘九郎) 平成14年4月歌舞伎座
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