白洲に引かれても、少しもたじろがず琴、三味線、胡弓を奏でる阿古屋(あこや)だが、その心のうちは微妙に揺れる。それを察しながら尋問にあたる畠山重忠(はたけやましげただ)との華麗な心理戦。
源氏は平家の残党、剛勇で知られた悪七兵衛景清の行方を追っている。禁裏守護の代官に任じられた秩父庄司畠山重忠は、堀川御所で、景清の愛人でその子供を身籠っている五條坂の遊君阿古屋を呼び出だし今まさに取り調べようとしているところである。
捕手たちに囲まれて姿を見せた阿古屋は、豪華な打掛を羽織り、髪を飾り装いを凝らした遊女の正装である。縄もかけられてはいないその姿に、詮議の助役、岩永左衛門(いわながさえもん)は、生ぬるいと不服顔。阿古屋を拷問にかけて白状させると手ぐすねひくが、重忠はそれを押しとどめ、義理と情を売り物にする遊君がそう簡単に問いただして答えるものでもあるまいが、ここは景清のありかを白状した方がよかろうと諭す。阿古屋はその言葉に心がほだされるが、知らないものは白状のしようがないと突っぱねる。
重忠は阿古屋にここで琴を演奏することを命じる。重忠の言うままに、琴を弾き唄う阿古屋。
「影(かげ)というも月の縁(えん)、清(きよし)というも月の縁、影清(かげきよ)き名のみにて うつせど袖にやどらず」
と、蕗組の唱歌の歌詞を景清と自分の身に例え、景清の行方はあくまでも知らぬとうたう。
重忠は、なおも景清との馴れ初めを語れと促す。景清は清水寺の観音様を深く信仰し、毎日参詣していた。その行き帰りに必ず通るのが、阿古屋がいる五條坂だった。「…互いに顔を見知り合い、いつ近づきになるともなく、羽織の袖のほころびちょっと、時雨のからかさ、お安い御用、雪のあしたの煙草の火、寒いにせめてお茶一服」ふとした出会いから深いなじみになっていったありさまを、豪奢な衣裳を揺らせて阿古屋は語る。
しかし、「あじな恋路とたのしみしに寿永の秋の風立ちて、須磨や明石のうら舟に、漕ぎ放れ行く縁の切れ目…」景清が源平合戦に出陣してからは音沙汰もないという。
重忠は続いて三味線を弾くよう命じる。
「翠帳紅閨に枕ならべる床のうち、なれし衾(ふすま)の夜すがらも、…さるにてもわが夫(つま)の、秋より先に必ずと、仇(あだ)し詞(ことば)の人心(ひとごころ)…」
三味線を弾きながらうたったのは、帝の寵愛を失った中国の官女の故事に由来する謡曲『班女』の歌詞。「秋が来る前にかならず会おうと言ったのに…」阿古屋が顧みられぬわが身をうたう。
重忠は都に潜入した景清に逢っているだろうと問いかける。だが、阿古屋は平家全盛の時でさえ人目をはばかっていたのに、景清がお尋ね者となった今となっては「目顔を忍ぶ格子先、編笠越しにまめにあったか、あい、お前もご無事に、とたったひと口」となげき、景清が自分の勤める店の格子先を通ったのが最後、言葉もろくに交わしていないとうなだれる。
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