名月八幡祭 メイゲツハチマンマツリ

恋に奔放な羽織芸者と、純朴な越後の縮売り
夕立のなか、似合わぬ二人に惨劇が起きる

憧れの深川芸者美代吉に貢ぐため故郷の財産をすべて売り払った縮屋新助。だがひいき筋から百両手に入った美代吉には、新助の金はもういらない。それよりも小粋な情夫(まぶ)の船頭三次と遊んでいたい。一途な気持ちを踏みにじられ、心を狂わせた新助が刃を手に、八幡祭の宵、美代吉を追いかける。

あらすじ

執筆者 / 小宮暁子

売れっ子芸者と悪足(わるあし)

深川八幡宮の大祭も近い真夏のある日。土地の売れっ子芸者美代吉が贔屓の旗本藤岡の座敷に出ている所へ、情夫(まぶ)の船頭三次が無心にくる。金のない美代吉は代わりに差していた簪(かんざし)を持たせる。訳知りの藤岡は咎めもせず、美代吉に五両与えて帰る。殊勝な面持ちとは裏腹に、さっそくその金で三次と飲みに出かける美代吉だった。

【左】[左から]船頭三次(中村歌昇)、芸者美代吉(中村福助) 平成22年7月新橋演舞場
【右】藤岡慶十郎(中村歌六) 平成22年7月新橋演舞場
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「祭りを見ずには帰さねえ」

越後の縮売新助が、国元へ帰る挨拶まわりで得意先の深川の魚惣を訪ねている。還暦祝いで、赤い祭り衣裳が仕上がったばかりの魚惣は上機嫌で、祭りをぜひ見てゆけと新助を強く引きとめる。ぜひなく承知した新助。折から眼の前の川を猪牙舟(ちょきぶね)に乗った美代吉が通りかかり、艶やかな笑顔を見せる。前々から憧れている新助はその後ろ姿を憑かれたように見送る。

【左】魚惣(市川段四郎) 平成22年7月新橋演舞場
【中央】[左から]芸者美代吉(中村芝雀)、縮屋新助(中村吉右衛門)、女房お竹(中村歌女之丞)、魚惣(中村歌六) 平成26年6月歌舞伎座
【右】縮屋新助(坂東三津五郎) 平成22年7月新橋演舞場
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「宵越しの銭は持たない」と言ってはみても

明後日は祭礼とせまった宵。金操りに詰まった美代吉は祭のために新調した衣裳代の支払いもままならず、やけ酒を呑んでいる。そこへやってきた新助は、誘われるままに美代吉の家に上がりこむ。みかけた三次が悪態をつくので、むしゃくしゃしていた美代吉は酔いも手伝って三次に愛想をつかしたと言いはなち、ふて寝してしまう。

[左から]芸者美代吉(中村芝雀)、縮屋新助(中村吉右衛門) 平成26年6月歌舞伎座
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「もしやお欺しなさるのでは……」

うたたねからさめた美代吉から、現在の窮状を聞き出した新助。百両の金を持ってきたら、家においてくれるとの美代吉の言葉を信じて、金策に飛び出してゆく。しかし、入れ違いに藤岡から手切れ金百両が届いた。美代吉が喜ぶところへ三次が仕返しにくるが、事情がわかって二人はすっかり仲直り。上機嫌で飲みはじめた。

縮屋新助(中村吉右衛門) 平成26年6月歌舞伎座
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「私はもう帰る家がございません」

百両を握りしめ戻ってきた新助は、美代吉と三次の睦まじい姿に息を呑んだ。欺したのかと詰め寄るが、お金は返せば済むことだと二人は取り合わない。しかし百両のために、新助は故郷の田畑や家蔵を売り払ってきていた。それはもう戻らない。新助には帰る家がないのだ。一人残してきた母親が住む家さえもない、新助は全てを失ってしまった。心配して探しにきた魚惣につれられて、新助は悄然と帰ってゆく。

[左から]縮屋新助(坂東三津五郎)、魚惣(市川段四郎) 平成22年7月新橋演舞場
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「おのれ、美代吉」

祭りの日がきた。狂った新助は美代吉を求めて人混みをさまよう。祭行列の伊勢音頭の手古舞連の中でも、際立つ美代吉の艶姿。そこへ大勢の見物客のために永代橋が落ちたとの叫び声。人々が走り去ったあと、折からの夕立のなかに美代吉の姿を見付けた新助は、ずぶぬれになりながら追いすがって斬り殺す。騒ぎに気づいた若者たちに取り押さえられ、担ぎあげられても、新助は高笑いするばかり。やがて雨が上がった夕空に、大きな大きな十五夜の月が昇っていた。

【左】芸者美代吉(中村福助) 平成22年7月新橋演舞場
【中央】[左から]縮屋新助(坂東八十助)、芸者美代吉(中村児太郎) 平成2年8月歌舞伎座
【右】縮屋新助(坂東三津五郎) 平成22年7月新橋演舞場
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