木曽義賢は死の間際に、身重の夫人と源氏の白旗を、琵琶湖の百姓一家に託した。一家の家で夫人は無事に男の子(のちの木曽義仲)を産むのだが、平家の追手が迫る。必死に守ろうとする一家は、湖で網にかかった女の腕を差し出し、夫人が産んだのはこの腕だと言い逃れようとする…。
病気で引きこもっている木曽先生義賢(きそのせんじょうよしかた)の京の館に、奴折平(おりへい)の女房と名乗る小万(こまん)が、父の九郎助と倅(せがれ)太郎吉を伴って訪ねてきた。義賢の後妻葵御前は折平は外出中と言い、三人を奥で待たせる。折平と深い仲の先妻の娘待宵姫(まつよいひめ)は気を揉む。
折平が使いから帰ってきた。姫は小万の来訪を告げて折平をなじる。奥から義賢が現れて書状を宛先の多田行綱に届けたかと問うと、折平は行った先にそんな屋敷はなかったと答えて書状を戻す。義賢は状の封が切れていることを見咎め、御前から下がろうとする折平を「行綱待ちゃれ」と呼び止めた。折平が実は源氏再興をめざす武将多田行綱本人であることを見抜いていたのだ。
折平は義賢に向かい、多田行綱は平家にとってお尋ね者、六波羅の清盛へ訴える気かと問う。義賢は「今こそ本心を明かさん」と折平実は多田行綱を上座に据えて、源氏の白旗が不思議な縁で手に入ったこと、今は平家に仕えているが源氏再興の志を持っていることを明かした。
そこへ清盛の上使として高橋判官と長田太郎が来訪、源氏の白旗を差し出せと命じた。義賢が知らぬと突っぱねると、長田は義賢の兄義朝の髑髏を突き付け、足で踏めと迫った。堪えかねた義賢は兄の敵の長田を斬り捨て、行綱と待宵姫に後事を託して館から落とし、自身は単身で平家の討手を相手に討死する覚悟を極めた。
義賢は平家相手に武具は不要と、優美な素襖大紋(すおうだいもん)を身に着け、九郎助に懐妊中の葵御前、小万に源氏の白旗を託した。義賢は平家の大勢の討手相手に奮戦したが、力尽き館から崩れるように下に落ちて壮烈な最期を遂げた。
九郎助は葵御前を伴い、無事琵琶湖畔の住まいに帰りついたが、小万は平家の侍に追われ矢橋の浦で琵琶湖に飛び込み泳いで逃げようとした。折から平宗盛が竹生島(ちくぶしま)を遊覧中。同船していた斎藤実盛(さねもり)は水中の小万を発見して船に救い上げた。ところが追手の船から、「その女が源氏の白旗を持っている。取り返せ」という声が届いた。飛騨左衛門が白旗を奪おうとしたので、実盛はとっさに白旗を持っていた手を水中に切り落とした。
九郎助の女房小よしが綿を繰っているところへ甥の仁惣太がやってきて、この家に葵御前が匿われているだろうと探りを入れる。仁惣太は悪者で、小よしはとぼけて追い返す。葵御前が行方知れずになった小万を案じるところへ九郎助が孫の太郎吉と戻ってきて、湖畔で見つけた白絹を握った人間の片腕を見せた。太郎吉が指を開くと、白絹は源氏の白旗。一同は小万の腕ではないかと不安を覚える。
そこへ平家の武将斎藤別当実盛と瀬尾十郎兼氏が葵御前詮議のためやってきた。九郎助は知らぬと突っぱねるが、実盛は甥の仁惣太が訴人した事実、平家の威光には逆らえぬ、さらに生まれる子が女なら助かると諭した。九郎助も諦めて出産するまで待って欲しいと懇願するが、瀬尾は胎内まで詮議すると息巻いた。
折しも葵御前が出産したと、小よしが錦に包んだ水子を持ってきた。実盛が何とか子を助けようと思いながら包みを開くと、中には女の片腕が入っていた。実盛はその腕を見てハッとし、驚き怒る瀬尾に向かい中国の故事に同じためしもあると言いくるめ、申し訳は自分がすると言い切った。瀬尾は「腹に腕(かいな)があるからは、胸に思案がなくちゃ叶わぬ」と冷笑し、帰ると見せて裏に潜んだ。
実盛は葵御前と九郎助夫婦に向かい自分は平家に仕えているが元は源氏、旧恩を忘れていない、片腕は自分が矢橋の船中で切り落とした覚えがあると言い、確か名は小万と言ったと、事の次第を語る。宗盛公の竹生島詣での帰途、口に白絹を咥えて泳いでくる女を見付けて助けあげたが、同船していた飛騨左衛門が白旗を奪い取ろうとしたため、白旗が平家に渡れば源氏は埋もれ木になると思い、非情ながら女の片腕を湖水に斬り落としたと物語る。
そこへ近所の衆が小万の死骸を運んできた。一同の愁嘆を見た実盛は、これ程甲斐甲斐しい女だから、まだ腕に魂が残っている筈だと、片腕に再び白旗を持たせて死骸に繋ぐと小万は蘇生し、白旗が御台葵御前の手に戻ったことを知って喜び、太郎吉に言いたいことが…と言ったきり息絶えた。
俄に葵御前が産気づき、若君が誕生した。父義賢の幼名を貰って駒王丸と名付けられた。後の木曽義仲である。九郎助は太郎吉を駒王君の家来にしてほしいと頼み、実盛は小万の手に因み手塚太郎光盛と名付けたが、葵御前は小万が清盛の子であるかも知れず、成人して一つの功をたてた上でのことと言う。
いつの間にか瀬尾が戻ってきて、駒王君誕生を平家に報告する、この女が白旗を奪ったのが憎いと小万の死体を足蹴にした。それを見た太郎吉は母の形見の合口を手に瀬尾に向かうと、意外にも瀬尾はかわさず、瀕死の痛みを堪えながら葵御前に「太郎吉は平家譜代の侍瀬尾十郎を討ち取った功で若君の家来にして欲しい」と懇願した。おどろく一同に向かい、実は小万は自分が若い頃に捨てた子であると告白した。瀬尾は太刀を抜くと太郎吉に持たせて、自らの手で首をかき斬る。
太郎吉は勇みたち、実盛に親の敵と詰め寄るが、実盛は今討たれては情と知れて手柄にならぬ、若君と共に信濃へ逃れ、成人してのち義兵を挙げよと諭し、家来に馬曳けと命じ、平家に注進すると駆けだした仁惣太を討ち取った。太郎吉も綿繰り機に跨り実盛に向かう。
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