裕福な商家のお嬢様お染は丁稚久松と許されぬ恋に落ちた。しかし久松にはお光という許嫁がいる…。野崎村の実家に戻された久松はお光と祝言を挙げることになるが、喜ぶお光の目の前にお染が現れて…。正月間近ののどかな田舎家で展開する、若い男と二人の娘の恋模様は、痛ましいまでの哀しい幕切れへと向かう。
大坂の質屋油屋の娘お染と丁稚の久松とは相思相愛の仲。しかし主人の娘と奉公人の恋など認められるはずもない。同業の質屋の山家屋佐四郎(やまがやさしろう)はお染に惚れており、油屋に大金を貸しているのを盾に、強引にお染との縁談を進めようとしている。金に目がくらんだ油屋の手代小助らによる悪計で、久松は身に覚えのない横領の罪を着せられ、実家へ戻される。
久松の実家は大坂近郊の野崎村の百姓家。今日は娘のお光がいそいそと婚礼の支度をしている。父久作から、義兄で許嫁の久松が帰ってきたので、今日にも婚礼を挙げると知らされたからだ。お光は急な決定にとまどいながらもうれしさを隠しきれず、祝いの料理を作る手も浮き浮きと、時折鏡をのぞいて眉を剃った自分を想像してみては、ひとり恥ずかしがっている。
そこへお染が髪も美しく結い、艶やかな着物姿で訪ねてくる。野崎観音へ参詣に行くと偽って久松を追ってきたのだ。お光は一目見て、噂の久松の恋人と察した。久松もお染を見つけて驚く。それに気づいた久作はお光を連れて奥に入り、ようやく二人きりになったお染は久松にすがってかき口説く。
久松は油屋への恩もあり、お染にこのまま山家屋に嫁入りするようすすめるが、お染は久松と一緒になれないのならいっそ死ぬと訴える。じつはお染は久松の子を身ごもっていたのだ。二人は死ぬしかないと嘆きあう。それを察した久作は、大店(おおだな)の娘と奉公人との恋が悲劇的結末を迎える「お夏清十郎」の物語を引き合いに出して諫める。
久作がいそぎ婚礼させようとお光を呼ぶと、お光は真っ白な綿帽子で顔を隠して静かに現れる。久作が綿帽子をとると、なんとお光は髪を切って尼姿になっていた。久松とお染が心中する覚悟だと見抜き、二人を救うために身を引いて出家するしかないと覚悟をきめたのだ。婚礼を知らされてからたった半時(一時間)後の、せつなすぎるお光の決断だった。
油屋の後家お常がこっそり娘を迎えに来た。久松への疑いが晴れたので連れ帰ることになるが、世間の目もあるので久松は駕籠で、お染は母と一緒に舟で、別々に帰ることになる。心中の決意を隠したお染と久松が、のどかな早春の景色のなかを去っていく。お光は二人の幸せを願いながら見送っていたが、一行の姿が見えなくなると、今まで抑えていた感情が溢れ出て、久作にすがりついて泣き崩れるのだった。
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