椀久が、焦がれる恋人の遊女松山のまぼろしと出会い、桜花の下で舞い踊る。
しかし幻は儚くかき消えてしまう…。連れ舞が美しい舞踊。甘さと切なさを湛える名曲。
場面はどことも知れぬ、松の大木のある海辺近く。月がうっすらと照らすだけの夜道を男が一人やってくる。彼の名は椀屋久兵衛、通称を椀久という大坂新町の豪商だ。新町の遊女・松山と深くなじみ、豪遊を尽くしたために、親から勘当され、髻(もとどり)を切られて座敷牢に閉じ込められたが、松山恋しさのあまりに発狂し、牢を抜け出してさまよい歩いている。親の意見も耳に入らず、恋に焦がれた我が身を振り返り、松山に逢いたいと祈るうちにまどろんでしまう。
どこからともなく松山が姿を現し、椀久に語りかける。背景にはいつしか桜が咲いている。松山は今をときめく身でも、遊女の身は籠の鳥同様に自由にできないので、思うように貴方と逢えないのが恨めしいと切ない胸中を訴える。そして椀久がかつて着ていた羽織を身に着け、片袖を椀久だと思って眺めているのだという。
場面はさらに明るくなり二人はかつての楽しい思い出を再現。仲良く酒を酌み交わす様や痴話げんかなど二人の甘い仲を描写する。椀久が「闇夜が好きだ」と言えば、松山は「月夜の方が良い」とすねてみせる可愛い場面もある。やがて『伊勢物語』にある在原業平と紀有常の娘の有名な恋歌を二人でしっとりと舞う。
思いが高まるにつれて、眼目の二人のテンポのよい踊りになる。かざした手をヒラヒラとさせながら、互いに前後左右に入れ替わりリズミカルに展開する浮き立つシーン。「按摩けんぴき」という初演当時流行した歌や「お江戸町中見物さまの…」と、江戸の観客へのお礼の言葉も盛り込まれた歌詞に、三味線の音色が軽快に加わり、振りと曲の織りなす間の妙味が楽しめる。
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