伊賀越道中双六~沼津 イガゴエドウチュウスゴロク~ヌマヅ

幼いとき生き別れた実の息子に、
たまたま巡り合った老父が命を捨てての頼みごと。

偶然に出会った旅人と荷担ぎの老人が、仲良く道連れになった。話のなりゆきから、実は生き別れた父と子と気づく。だが二人は、ある仇討ち騒動の敵同士に、それぞれ深い義理がある身の上だった。雨のそぼ降る千本松原で、老父は敵のゆくえを息子にたずねる…。情愛と義理の板挟み、親子一世の出会いと別れの哀歓を描く、屈指の名作。

あらすじ

執筆者 / 水落潔

偶然の出会い

ここは沼津の宿外れ棒鼻(ぼうはな)。東海道を下る呉服屋十兵衛は、先ほど寄った取引先で言い忘れたことを思いだし、荷持ちの安兵衛に手紙を託して引き返させた。代わりに自分ひとりで荷を担ぎ、出かけようとするところに、稲村のかげから姿を現したのが老人足(にんそく)の平作。愛嬌のある笑顔で荷を持たせてくれと頼み込むのを不憫に思い、十兵衛は荷を平作に持たせて歩き始める。

【左】雲助平作(中村勘三郎) 平成23年11月平成中村座
【右】呉服屋十兵衛(片岡仁左衛門) 平成22年12月南座
ページトップへ戻る

傷を治す妙薬

老人の平作は口は達者だがどうにも体力がない。数歩歩いては一息つく有様で、十兵衛をハラハラさせたうえに、木の根につまづき足の親指を痛めてしまった。心配した十兵衛が持っていた印籠の薬を塗ると、すぐに痛みが消えてしまう。驚きよろこぶ平作。結局十兵衛が自身で荷を担ぎ、平作と並んで道を行くことに。ふたりは不思議とウマが合うようで、あれこれ話ながらの道すがら、美しい娘お米に出会った。聞くと平作の娘だと言う。その色香にひかれた十兵衛は、誘われるままに平作の家へ寄ることにした。

【左】[左から]雲助平作(中村歌六)、平作娘お米(中村芝雀)、呉服屋十兵衛(中村吉右衛門) 平成22年9月新橋演舞場
【右】呉服屋十兵衛(中村吉右衛門) 平成22年9月新橋演舞場
ページトップへ戻る

夫の傷を治したさ

平作の家に来た十兵衛は美しいお米に、もっと良い暮らしをさせたいと持ち掛けるが、平作は聞き流し、お米に十兵衛の持っている妙薬の話をした。十兵衛は金瘡(きんそう)に効く妙薬だが、金銀づくでは手に入らぬ秘薬だと言う。金瘡とは刀傷のこと。それを聞いたお米は、十兵衛に泊まっていくよう勧める。十兵衛は一泊することにして、追って来た荷持ち安兵衛を先に立たせた。夜が更けて十兵衛が眠っていると、何者かが印籠を盗もうとした。飛び起きた十兵衛が捕らえてみると、なんと盗人はお米だった。傷養生をしている夫のために薬を盗もうとしたのだ。

[左から]雲助平作(中村歌六)、平作娘お米(中村芝雀)、呉服屋十兵衛(中村吉右衛門) 平成22年9月新橋演舞場
ページトップへ戻る

親子と分かる

ゆるしを乞うお米の話から、十兵衛はお米が元は江戸の吉原で瀬川と名乗っていた遊女だったと気づく。そして、傷ついて病床にある夫が和田志津馬だと悟る。十兵衛は志津馬の敵、沢井股五郎を助ける立場にある身の上だったのだ。十兵衛はふと、平作に他に子はないのかと尋ねた。平作は、二歳の時他家へ養子にやった平三郎という息子がいたが、以後はまったく逢っていないと答える。実は十兵衛こそがその平三郎なのだった。平作が実の親と知ったが、十兵衛は一家の敵に連なる身なのである。そこで息子と名乗らずに、石塔を建てる世話をして欲しいと頼んで金と印籠と臍の緒(ほぞのお)書きを残して旅立ってしまう。お米はその印籠が股五郎の所持品だと思い出し、平作は臍の緒書きから十兵衛がわが子だと知った。平作はお米に後からひそかに付いて来るようにと言い残して、十兵衛を追って行く。

雲助平作(中村歌六) 平成22年9月新橋演舞場
ページトップへ戻る

親子一世の逢初め逢納め

夜更けの千本松原で十兵衛に追いついた平作は、印籠の持ち主の居所を聞きたいと迫る。十兵衛は「印籠の持ち主と薬の要る病人は大敵薬(だいてきやく)。やはり拾った薬ということにして、傷を癒すことが先決だろう」と諭す。ところが平作は隙を見て十兵衛の脇差を自分の腹に突き立て、死んでいく自分にだけ敵のゆくえを教えて欲しいと必死に頼みこむ。別れて以来音沙汰なく、今日はじめて親子とわかった父親が腹を切ってまで、聟の敵の居所を知ろうとしているのだ。親の情、妹への思いから、十兵衛は隠れているお米に聞かせるように、股五郎の落ち行く先が九州相良だと明かす。そして瀕死の平作と十兵衛親子は初めて名乗り合い、逢初めで逢納めの涙にくれる。そして十兵衛は死に行く平作をあとに旅立ってゆくのだった。

【左】[左から]雲助平作(中村歌六)、呉服屋十兵衛(中村吉右衛門) 平成22年9月新橋演舞場
【右】[左から]池添孫八(市川染五郎)、雲助平作(中村歌六)、平作娘お米(中村芝雀)、呉服屋十兵衛(中村吉右衛門) 平成22年9月新橋演舞場
ページトップへ戻る