黒塚 クロヅカ

哀しみの果てに鬼となった女。その憂い、喜び、そして怒り。

旅の僧に一夜の宿を貸した老女が、決して覗くなといった部屋には死体の山。哀れな老女は実は人を喰らう鬼女だった。安達ヶ原の鬼女伝説に取材しながら、鬼女の恐ろしさだけではなく、鬼女の人間性まで掘り下げて描いた醍醐味ある作品。昭和の歌舞伎舞踊の傑作。

あらすじ

執筆者 / 阿部さとみ

一つ家に棲む老女の憂い

場面は奥州安達原(福島県二本松市)。広い芒(すすき)の野原にぽつんと一つの家が建っていた。そこに棲む老女は、諸国行脚の僧・阿闍梨祐慶(あじゃりゆうけい)の一行に宿を貸す。僧たちに求められて糸を繰る業(わざ)を見せ、糸繰り歌に託して哀れな身の上を語る。父が罪を犯して陸奥をさすらい、やがて夫となった人には捨てられた。だから怒りと哀しみのうちに世を呪い、人を恨むようになったので来世の望みがないのだと。

老女岩手実は安達原の鬼女(市川猿之助) 平成25年12月南座
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老女の喜びとその正体

祐慶は老女に向かい「どんな悪行を重ねた者でも仏の教えに従えば、来世は救われる」と仏の道を説いた。老女は自分も救われるのだと知ってたいそう喜び、僧たちをもてなすために夜道を薪を取りに出かける。但し、奥の一間は決して見ないようにと言い残して。僧たちが勤行をしている間に、一行の強力(荷物持ち)が好奇心を抑えきれず、「決して見るな」と言われていた一間を覗いてしまうと、そこには死骸の山。老女は人を喰らう鬼女だったのだ。

【左】[左から]老女岩手実は安達原の鬼女(市川右近)、山伏讃岐坊(市川弘太郎)、阿闍利祐慶(市川門之助)、山伏大和坊(市川猿三郎) 平成22年1月新橋演舞場
【右】[左から]山伏讃岐坊(市川弘太郎)、強力太郎吾(市川猿弥)、阿闍利祐慶(市川門之助)、山伏大和坊(市川猿三郎) 平成22年1月新橋演舞場
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心の雲晴れて…。

一面の芒原。集めた薪を背負ってきた老女は、僧の教えに心の憂いが晴れて清々しい気持ち。老女を大きく照らす月を眺めて浮き立つ思いを抑えきれずにひと踊り。わらべ歌で月と戯れ、やがて自分の影法師と追いつ追われつするなど、童心に返って踊る。そこへ逃げてきた強力とばったり出会い、恐怖に顔をゆがめる強力の様子から、あれほど戒めていた一間を見られたと悟り、老女は鬼女の本性を顕して、強力を通力で翻弄して姿を消す。

【左】老女岩手実は安達原の鬼女(市川猿之助) 平成25年12月南座
【右】[左から]強力太郎吾(市川猿弥)、老女岩手実は安達原の鬼女(市川右近) 平成22年1月新橋演舞場
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鬼女 VS 祐慶

場面は芒原の別の場所に移る。祐慶らが鬼女を退治しようと勇み立っているところへ、鬼女が姿を現す。僧たちの背信に怒りを露わにし、彼らを一口に喰い殺そうと襲いかかる。音を立てて数珠を揉み念誦する祐慶たちと、髪を振り乱し凄まじい形相となった鬼女との激しい立廻りの末、高僧の法力で、ついに老女は力尽きて祈り伏せられる。

【左】[左から]阿闍利祐慶(市川門之助)、山伏大和坊(市川猿三郎)、山伏讃岐坊(市川弘太郎) 平成22年1月新橋演舞場
【右】[左から]老女岩手実は安達原の鬼女(市川猿之助)、阿闍利祐慶(中村勘九郎) 平成27年1月歌舞伎座
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