菅原伝授手習鑑 スガワラデンジュテナライカガミ

天神様として敬愛される菅原道真公。描かれるのは道真公と、その家来の三つ子たちの、三つの親子の別れ。

菅丞相(かんしょうじょう)と呼ばれた菅原道真は政敵藤原時平(ふじわらのしへい)の策略で太宰府へ流される。その姿はどこまでも清々しく美しい。残された子息菅秀才を守るのは丞相の愛弟子源蔵。しかし時平方に知られ、首実検にやって来たのは、菅秀才の顔を知る松王丸だったのだが…

あらすじ

執筆者 / 金田栄一

恋の手引きが悲劇の始まり

春ののどかな加茂堤に一台の牛車、中に居るのは帝の弟・斎世(ときよ)親王ですが、そこへ菅丞相の養女・苅屋姫がやって来て、牛車の中でしばしの逢瀬。若い二人は恋仲ですが、なかなか逢うことの叶わぬ二人なので桜丸とその妻・八重が秘かに手引きしました。しかし見つかれば大変、やって来た追手を桜丸が懸命に追い散らしますが、その隙を見て二人はどこかへ落ち延びて行きます。

【左】[左から]桜丸女房八重(中村時蔵)、苅屋姫(片岡孝太郎)、斎世親王(大谷友右衛門)、舎人桜丸(中村梅玉) 平成22年3月歌舞伎座
【右】桜丸女房八重(中村福助) 平成21年2月歌舞伎座
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お家の筆法は源蔵へ伝授

筆法で一流をきわめた菅丞相は、その技を伝授せよとの勅命を受け、勘当されていた愛弟子の武部源蔵をひそかに呼び寄せます。古参の弟子左中弁希世(さちゅうべんまれよ)は自らが受けるものと自認していますが、腕も素行も良くありません。そこへ呼び出されたのは武部源蔵。源蔵は菅丞相の家臣で弟子でしたが、御殿勤めの戸浪との不義で主家を追われ、今は夫婦で貧しい寺子屋を営んでいます。その見事な筆さばきにより筆法は源蔵に伝授されます。出仕した菅丞相には太宰府への流罪が告げられ、源蔵は子息の菅秀才を連れて逃げます。

【左】菅丞相(片岡仁左衛門) 平成22年3月歌舞伎座
【中央】[左から]武部源蔵(中村梅玉)、左中弁希世(中村東蔵)、菅丞相(片岡仁左衛門) 平成22年3月歌舞伎座
【右】[左から]荒島主税(中村松江)、源蔵女房戸浪(中村芝雀)、武部源蔵(中村梅玉) 平成22年3月歌舞伎座
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木像が起こす奇跡

菅丞相は太宰府へ流されて行く途中、伯母の覚寿(かくじゅ)の館の一部屋に身を寄せています。一方、苅屋姫は一目会ってお詫びをと忍んでやって来ますが、覚寿(姫の実の母)に杖で打たれます。すると部屋のなかから「折檻(せっかん)したもうな」と留める丞相の声、しかし部屋に居たのは丞相が自ら刻んだ木像のみ。まさか木像が声を発するとは・・・。そして夜も明けぬ頃、やって来た迎えに伴われて菅丞相が出発しますが、実は時平方がにせの迎えを遣わして丞相を殺す計略でした。やがて本物の迎えがやって来ると再び丞相が姿を現わし覚寿は驚きます。実は先程連れて行かれたのは木像で、何と魂のこもった木像がまぼろしを見せて丞相を救ったのでした。

【左】菅丞相(片岡仁左衛門) 平成18年3月歌舞伎座
【右】[左から]菅丞相(片岡仁左衛門)、丞相伯母覚寿(坂東玉三郎)、苅屋姫(片岡孝太郎) 平成22年3月歌舞伎座
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別々の主人に仕える三つ子の兄弟

菅丞相に仕える白太夫には三つ子の男の子がいました。長兄の梅王丸は菅丞相に仕え、松王丸は藤原時平、桜丸は斎世親王に仕えています。しかし藤原時平の策略で菅丞相と斎世親王は失脚、その恨みを晴らさんと時平の牛車の前に梅王丸と桜丸が立ちふさがります。そこへ割って入ったのが松王丸。兄弟とはいえ一つではない、その忠義の働きをお目にかけようといいますが、車の中から時平が姿を現し、その恐ろしい姿にさすがの兄弟もすくみます。そして時平は松王の忠義に免じて助けてやろうといい、兄弟も父親の七十の賀の祝が済むまでは遺恨を預かろうと約束します。

【左】[左から]舎人桜丸(中村芝翫)、舎人梅王丸(中村吉右衛門) 平成22年1月歌舞伎座
【中央】[左から]舎人桜丸(尾上菊五郎)、舎人松王丸(松本幸四郎)、舎人梅王丸(市川團十郎) 平成12年3月歌舞伎座
【右】藤原時平公(中村富十郎) 平成22年1月歌舞伎座
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花と散った桜丸

ここは草深い佐太村、三兄弟の父・白太夫が預かっている菅丞相の下屋敷。庭先には丞相が愛した梅・松・桜の木が植えられています。今日は白太夫の賀の祝で、すでに梅王女房の春、松王女房の千代、桜丸女房の八重が忙しく支度をしています。やがてやって来た梅王丸と松王丸は先日の遺恨から喧嘩となり、はずみで桜の枝が折れてしまいました。二人が去ったあと、入れ替わるように桜丸が姿をあらわします。その目の前に白太夫が差し出したのは腹切り刀。自らの行動が斎世ばかりか丞相までも不幸に追いやり、桜丸はすでに死への覚悟を決めています。やはり折れた桜がその行く末を暗示していたのです。

【左】[左から]桜丸女房八重(中村福助)、松王丸女房千代(中村芝雀)、梅王丸女房春(中村扇雀) 平成17年9月歌舞伎座
【中央】[左から]舎人梅王丸(中村歌昇)、舎人松王丸(中村橋之助) 平成17年9月歌舞伎座
【右】[左から]舎人桜丸(中村時蔵)、桜丸女房八重(中村福助)、白太夫(市川段四郎) 平成17年9月歌舞伎座
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松王丸の重い決断

武部源蔵は寺子屋に菅秀才を匿っていますが、それが時平方に知れ首を討って渡せと厳命されています。身替りの子はと苦慮しているところへ、今日寺入りした美しい面差しの小太郎と対面、源蔵の思いは決まりました。やがて首実検役の松王丸がやって来ますがいずれを見ても山里の子ばかり、もう一人いるはずと迫る松王丸の前に差し出された首は・・・「菅秀才の首に相違ない」、そう告げて松王丸は立ち去ります。やがて小太郎を迎えに来た母が「若君菅秀才のお身替り、お役に立てて下さったか?」と叫ぶとそこへ松王丸も現れ「女房喜べ、せがれはお役に立ったわやい!」。なんと松王丸夫婦が我が子を身替りにして、菅丞相への旧恩・忠義を立てたのでした。

【左】[左から]源蔵女房戸浪(中村福助)、武部源蔵(坂東三津五郎)、涎くり与太郎(坂東亀寿) 平成25年5月歌舞伎座
【中央】[左から]武部源蔵(中村吉右衛門)、舎人松王丸(松本幸四郎) 平成18年9月歌舞伎座
【右】[左から]舎人松王丸(片岡仁左衛門)、松王女房千代(坂東玉三郎) 平成26年10月歌舞伎座
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梅王は太宰府へ

現在の歌舞伎では割愛されていますが、原作のなかには、太宰府の菅丞相を描く場面があります。流罪となっても清廉潔白の菅丞相は三つ子の父親白太夫の世話を受けながらおだやかな日を送っていましたが、訪ねてきた梅王丸から、帝位を奪わんとする時平の謀略を聞くと、すさまじい怒りを見せて雷となって都の空へ向かい、時平の野望を砕きます。

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