濡髪がひそかにたずねた母の家は、引窓(ひきまど)の風物で知られる八幡の里にあった。思いがけない再会に喜ぶ母と息子。しかし、再婚した母には代官となった義理の息子がいて、濡髪を捕縛する役目を負っていた。実の子と義理の子の板挟みとなった母と、互いの立場を思う息子たちが、人の世の義理と情愛の狭間で葛藤する。
旧暦八月十四日。京の石清水八幡宮にほど近い八幡の里の南与兵衛(なんよへえ)の家では、嫁のお早(はや)と母のお幸(こう)が月見の支度をしている。お幸は後添いで、与兵衛とは生さぬ仲だったが、親子三人おだやかな暮らしぶり。与兵衛はお上に召し出されて留守。そこへ濡髪長五郎が人目を忍んでたずねてきた。
実は、濡髪はお幸が再婚する前に、よそへ里子に出した実の息子だった。相撲取りとして出世したと聞いていたので、お幸もお早も再会を喜んだ。しかし実は濡髪はひいき客のためにやむをえず悪人を殺し、追われる身であった。濡髪を二階で休ませたところへ、与兵衛が帰ってくる。与兵衛はお上から亡父の仕事だった代官(警察官)に任じられ、刀と十手(じって)を下された上に、名も父の名を継いで南方十次兵衛(なんぽうじゅうじべえ)を名のることになった、と嬉しそうに報告する。
息子の出世に大喜びしたお幸とお早だったが、十次兵衛としての初仕事が逃亡犯の濡髪の行方を追うことだと聴いて胸を衝かれる。濡髪の人相書を手に、功を挙げたいと勇む十次兵衛。その任務は日暮れから夜明けまでと聞いて、母と嫁は俯いて思案する。
十次兵衛がふと、庭の手水鉢に目を向けると、そこには明るい月の光を受けて二階から下を見おろす濡髪の姿が映っていた。気づいたお早が急いで引窓を閉める。疑念を募らせる十次兵衛。思い余ったお幸はこつこつ貯めていた金を十次兵衛に差し出し、その人相書を売ってくれと頼みこむ。それで十次兵衛は二階にいるのが濡髪で、母の実の息子なのだと悟る。十次兵衛はそれとなく抜け道の方角などを口にし、探索の仕事に出かけていく。
濡髪は十次兵衛の役目を思い、捕らえられる覚悟を固めるが、母とお早は逃げるように濡髪を説得する。濡髪には人目に立つ大前髪と、父譲りの大きなホクロが右の頬にある。人相を変えるため、母は前髪を剃り落とし、ホクロも剃ろうとするがとてもできない。すると、窓の外から十次兵衛が銀の包みを投げつけ濡髪のホクロをけずり落す。銀は路用にと十次兵衛が用意したものだった。
濡髪は一家の恩情に胸を熱くしたが、血の情愛より人の世の義理を大事にしろとお幸を諭す。お幸は自分の心得ちがいに気づき、泣く泣く引窓の縄を引いてきて濡髪を縛り、十次兵衛に引き渡す。
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